「非情城市」見てきました〜台湾巨匠傑作選2018

台湾巨匠傑作線2018 6月15日まで上映中

先日、ご案内した台湾巨匠傑作選2018で、非情城市(City of Sadness)を見てきました。15年くらい前にテレビで見て、また見たいと思っていた映画でした。

当日、上映時間の1時間くらい前に行ったんですが、100席くらいのスペースのためか、もらった整理券の番号は57番。その後ちょっとしてその回は満席になりました。(立ち見無し)

悲情城市 The City of  Sadness

この映画は、1947年に起きた228事件を題材にした台湾の暗い時代の映画です。
闇タバコ売りの老婆を殴打して取り締まる国民党官憲が、抗議する台湾人群衆に対して発砲したことを発端として発生した暴動を弾圧し、2万人以上の台湾人が殺害されたという事件です。

戒厳令下の台湾では公にされることがなかったこの事件が、戒厳令の終了後1989年に上映公開されてべネチア映画祭で金賞を取りました。

撮影場所は、以前は金の産出で栄え、当時はすでにさびれていた九份や金瓜石一帯です。この映画のヒットにより、九份は今では台湾でも人気の観光地になっています。

(写真は映画のラストシーンの最後の家族写真)

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当時の台湾を象徴するシーン

映画の中で、台湾の当時の状況を示す象徴的なシーンが3つありました。

当時、台湾50年間日本の統治下で、日本の教育を受け日本語と台湾語が話されていました。
日本が台湾から去って、国民党が大陸からやってきて台湾を支配し始めたばかりの頃です。

1.病院の看護師達が、「頭が痛い。お腹が痛い。」などということを北京語でどういうかを勉強しているシーン。

彼女たちは日本語で教育を受け、台湾語と日本語は話せても大陸から来た国民党が話す北京語は話せません。

2.主人公の一家の台湾人ヤクザの親分が、多分、国民党についてやってきた上海ヤクザの親分と交渉するシーン。

台湾人の親分が台湾語で話をすると、子分が北京語に通訳します。それを相手方の子分が上海語に再度、通訳します。

大陸から来た人間と台湾人の間で言葉が通じないことで、台湾人が数人集まって台湾語で話していただけでスパイ扱いされて逮捕されることもあったそうです。

3.事件に怒った台湾人の集団が、大陸から来た中国人(外省人)を探して襲おうとするシーン。

台湾人の集団が外省人らしき人間を見つけて、台湾語で問いかけます。その男が台湾語で返事をすると、今度は日本語で問いかけるのです。日本語で返事ができないと「こいつは外省人だぁ。やっちまえ。」

台湾人としてのアイデンティティー

それまで50年間、日本人として教育を受け、日本人が去ると、今度は大陸から来た外省人に台湾人であること(台湾語、日本語)を否定される。そんな台湾の暗い時代の映画でした。

ある意味、救いのない映画ではありますが、台湾ではこういう映画を自由に作れるようになったこと、その後の自由な台湾の発展を見れば救われる思いがします。

台湾と日本の関わりを感じさせる映画でした。

台湾巨匠傑作選2018は、6月15日までです。
非情城市にかぎらず、是非御覧ください。

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